佐野城
2013年 12月 15日
城名:佐野城
別名:春日岡城
城主:佐野信吉
住所:栃木県佐野市
遺構:石垣・土塁・空堀
栃木県佐野市にある佐野城。藤原秀郷が延長5年(927)に下野国押領使に任じられ築城した唐沢山城を廃して、新たに江戸時代になって佐野信吉によって築城されました。
佐野駅北口前に城があります。丘になっているので、遠くから見ても城と判別できます。
それにしても、駅前でこれだけの遺構が残ったことが奇跡でしょう。
三の丸は公園となっていて、駐車場もあります。多くの家族連れがいました。
二の丸入口に石碑と案内板が設置されています。
「佐野市指定史跡・名称
佐野城跡
佐野城は別名春日岡城とも言われ、その地名は、延暦元年(782)藤原藤成がこの丘に春日明神を祭ったことに由来すると伝えられています。慶長7年(1602)唐沢山城主佐野信吉は、当時この地にあった惣宗寺(佐野厄除大師)を移転させるとともに、築城と町割を開始しました。
今日見られる佐野の街は、当時の佐野城を中心とした町づくりがその原形となっています。佐野氏は、慶長12年(1607)唐沢山城を廃してこの地に移りましたが、同19年(1614)所領を没収されて改易となり、築城後間もなく城は廃城となってしまいました。
城は独立丘陵を利用した連郭式の平山城で、南から三の丸・二の丸・本丸・北出丸と直線的に続く郭で築かれています。これら縄張の主郭部は、全体で東西110m・南北390mの規模を有し、それぞれの郭は空堀で区切られ、内堀へと続いていました。(以下略)」
本丸には、平場に整地していないように思える場所がありますが、三の丸は4mの盛土で整地しているとのこと。
決して粗雑な造りの城ではないと考えられますが、かなり急いで普請したようにも思えます。
平地とはいえ、佐野氏が唐沢山に未練を残すイメージの城でした。
by ckk12850
| 2013-12-15 07:00
| 日本全国【城跡】