飯盛山

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名称:飯盛山
住所:福島県会津若松市一箕町八幡弁天下33

慶應4年(1868)、戊辰戦争で戦った白虎隊は有名です。

市営駐車場が無料なので有効活用。
事前に「まるとく会津(会津支援隊事務局)」の割引クーポンを入手しておくと便利。スロープコンベアが割引になります。
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主な見どころと順番です。
飯盛山スロープコンベアは有料でも利用したい。
白虎隊士自刃の地は、鶴ヶ城が遠くに見える。
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飯沼貞吉の墓は、彼がいなかったら白虎隊も後世に伝わらなかった。
白虎隊十九士の墓は、線香の煙が絶えない。
続いて、宇賀神堂、さざえ堂、戸ノ口原洞窟、厳島神社と、ざっとこんなイメージで見学です。

順路もあるので間違うことはないし、迷うこともありません。

白虎隊士自刃の地の案内板。
「慶應4年(1868)8月23日(新暦10月8日)、年齢が16~17歳で構成された士中二番隊の白虎隊士は猪苗代から十六橋を越えて進撃した西軍と戸ノ口原で交戦するも、敵の軍事力に圧倒されて退き、戸ノ口洞門をくぐってこの地に至った。
炎上する城下を前に、玉砕か帰城かを巡って、激論を戦わした。敵陣突入を提案する者もいれば、鶴ヶ城が簡単に落城するはずはないとして帰城を主張する者もいた。しかし、最終的に「誤って敵に捕えられ屈辱を受けるようなことがあれば、主君に対して大変申訳なく、祖先に対しても申訳ない。この場は潔く自刃し、武士の本分を明らかにするべき」との決断にはじめて、全員が同意し、一同列座し南鶴ヶ城に向かって訣別の意を表し、全員が自刃した。
後、一名が蘇生。その名は飯沼貞吉である。
なお、鶴ヶ城開城はその1カ月後であった。
平成23年(2011)9月23日
(飯沼貞吉書白虎隊顛末記参考)
白虎隊の会」
と記されています。

さざえ堂です。
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戸ノ口堰洞窟の案内板。
「猪苗代湖北西岸の戸ノ口から、会津盆地へ水を引く用水堰で全長31kmにおよぶ。(略)天保3年(1832年)会津藩は藩士佐藤豊助を普請奉行に任命し、5万5千人の人夫を動員し堰の大改修を行い、この時に弁天洞窟(約150m)を堀り同6年(1835年)完成した。
慶應4年(1868年)戊辰戦争時、戸ノ口原で敗れた白虎士中二番隊20名が潜った洞窟である。」
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鶴ヶ城とともに、落とせない観光スポットです。
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by ckk12850 | 2014-06-15 07:00 | 全国その他【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助