赤沼古代瓦窯跡・石田国分寺瓦窯跡

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名称:赤沼古代瓦窯跡・石田国分寺瓦窯跡
住所:埼玉県比企郡鳩山町赤沼

どちらも鳩山町農村公園内にあります。
斜面を利用した瓦窯跡ですが、古代瓦窯跡、国分寺瓦窯跡の場所がほぼ重複しています。
1回の訪問で埼玉県指定史跡を2つ味わえる場所ですが、瓦窯跡に興味がなければどうでもいい場所に。
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案内板があります。
埼玉県指定史跡
昭和25年3月30日指定
赤沼古代瓦窯跡
(略)武蔵国分寺の瓦を焼いた窯跡と考えられていましたが、近年の調査で、国分寺以前の瓦窯跡であることが明らかになりました。7世紀後半から8世紀初頭頃の窯跡です。窯跡は、瓦専用窯でなく、須恵器窯としても使用された地下式登り窯です。
(略)白鳳寺院としては武蔵国最大と言われている勝呂廃寺(坂戸市勝呂)にも供給されており、何れも、勝呂廃寺の創建期の軒先を飾った瓦であることが判明しています。
(略)
赤沼古代瓦窯跡は、奈良時代以前の地方寺院とその瓦の供給関係がよく分かるきわめて貴重な窯跡です。
平成9年3月18日
埼玉県教育委員会
鳩山町教育委員会

さて、100mほど離れて石田国分寺瓦窯跡があります。
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ここにも案内板があります。
県指定史跡
平成8年3月19日指定
(略)
この窯で焼かれたのは瓦と塼で、(略)いずれも武蔵国分寺の創建期8世紀中頃に使われたいわゆる「国分寺瓦」です。この中には「郡名瓦」(郡名を押印・ヘラ書きした瓦)も含まれています。「子玉」(児玉郡=現児玉郡)、「那」「中」(那珂郡=現児玉郡)などの県北西部の郡名瓦が多く焼かれていましたが、ほかに「男」(男衾郡=現大里郡)、「荏」(現荏原郡=現東京都世田谷区・大田区)、「高」(高麗郡=現入間郡)などもあります。
(略)
鳩山町は、武蔵国分寺の屋根瓦を焼いた武蔵国最大の釜場であり、生産方式は、大きく二つの形態からなっていたようです。一つは在来の須恵器工人によるもの、一つは外来の専門の瓦工人によるものです。石田国分寺瓦窯跡は後者を代表する瓦窯跡であり、武蔵国分寺の創建期の瓦生産体制を理解することのできる貴重な瓦窯跡として、平成8年に県指定史跡となりました。
平成10年3月20日
埼玉県教育委員会
鳩山町教育委員会

時代が異なって2つの瓦窯跡があるのは珍しいことではないかと。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2016-12-20 07:00 | 埼玉県その他【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助