桶川宿本陣遺構

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名称:桶川宿本陣遺構
住所:埼玉県桶川市寿2-2-4

まずは駐車場探し。「桶川宿手洗い処」に1時間まで無料駐車場があります。ただし時間を過ぎたら1時間につき100円。ここを拠点に桶川宿歩き。
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駐車場の数件隣、桶川市寿1-11-19には「中山道宿場館(観光案内所)」があります。ここで「おけがわ散策マップ」を入手。もちろん無料です。宿場の見どころが載っています。

早速、桶川宿本陣遺構へ。
標柱と門があります。
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案内板もあります。
県指定文化財
桶川宿本陣遺構
桶川宿府川家本陣は、埼玉県内の中山道筋では、唯一現存する本陣です。
本陣は、公家や大名、幕府の役人などが宿泊・休憩するため江戸時代に設置された宿です。一般の旅籠と違い、門と式台のある玄関の設置および畳が一段高くなった「上段の間」を持つことが格式として認められていました。
また、宿場の政治の中心的機能も担い、その補佐役として脇本陣が置かれていました。
本陣の宿泊は身分の高さによって勅使・院使・宮門跡・公家・大名・旗本などの優先順位があり、宿泊客が多い場合には脇本陣がかわりに使われました。
桶川宿に本陣が置かれたのは、寛永年間の上半期と伝えられています。本陣職は代々甚右衛門を襲名した府川家が勤め、問屋名主役として宿場の運営にもあたっていました。脇本陣は内田家と武笠家がそれぞれ勤めました。府川家は、本陣職のほかに問屋名主役(町村長)、代官補佐や寄場組合大総代(地域警察署長・簡易裁判官)を代々勤めました。桶川宿本陣は、江戸時代を通して町村自治の役所になっていました。
桶川宿本陣は宿内の大火による被害をたびたび受けてきましたが、絵図面などから、寛政12年(1800)当時の建物の広さは199坪、さらに天保14年(1843)には207坪に拡大されていることが分かっています。
現存する本陣は、かつての座敷構えの一部にあたり、「上段の間」・「入側」・「次の間」と、それに付帯する「御湯殿」・「御用所」からなります。「上段の間」は8畳で、正面の右に床・左に違い棚が設けられています。「入側」は上段の間をL字型に取り巻いた畳敷き13畳で、外側にはすべて障子引き違いで雨戸がもうけられています。「次の間」は14畳の一室になっています。「御湯殿」・「御用所」は、文久元年(1861)の和宮親子内親王(皇女和宮)下向のときに改築されました。
当本陣は、天保14年(1843)尾張・紀州・水戸の御三家の日光参拝や文久元年11月13日の皇女和宮の宿泊のほか、明治11年(1878)の明治天皇御巡幸の際の「行在所」となりました。
平成27年3月
桶川市教育委員会

現在もお住まいの方がいますので、公開はされていません。

本陣向かって右側の路地を入ると、駐車場越しに建物が見えます。
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by ckk12850 | 2017-02-10 07:00 | 建築物【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助