百庚申と浅間神社

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名称:百庚申と浅間神社
住所:埼玉県比企郡小川町青山

比企郡小川町にある観光地、標高298.9mの仙元山。
標高約210mの「見晴らしの丘公園」まで車で行けます。
展望台、ローラーすべり台、トイレ等がありますが、ここが駐車場です。山頂まで25分の案内板がありました。ここから未舗装の車道を数分歩きます。突き当たった場所が登山口。平日はここまで車で入れます。
登山口地図はこちら

さて、ここから比高90m前後という登山にもならない登山。おまけに急勾配ルートはありません。
東屋が目の前に。ハチに注意の表示がありましたが、夏場でも歩けそうな道です。

分岐点が何度かありますが、仙元山山頂を目指します。
山頂地図はこちら

山頂手前に百庚申と書かれた案内がありますので、指示に従い徒歩1分。
平場に出ます。

案内板が設置されています。
百庚申と浅間神社
小川町大字青山字浅間山二五一九
この百庚申は、万延元年(1860)12月庚申日、青山村の人々が中心となって造立したもので、奉納者は地元青山村を始めとして12か村に及んでいます。
庚申信仰は、干支で60年、あるいは60日ごとの「庚申」に行われる祭りです。中国の道教に基づくとされ、「人間の体に住むという三尸虫がこの日、眠っている間に抜け出て天帝に罪過を告げ、命を縮める。」というので、徹夜して心身を慎み、健康長寿を願う信仰です。
わが国では平安時代の初め、貴族社会で始まり、庶民の間には室町時代に広まりました。供養塔の造立は室町時代末期から流行し、江戸時代には作神・塞ぎの神・治病の神等にもなり盛行しました。庚申塔は普通は一基ですが、百庚申、千庚申と沢山の信者に呼びかけて造立することもあります。小川町地内には、大字下横田にも嘉永2年(1849)に造られた百庚申があり、この地方で庚申信仰が盛んであったことがうかがえます。
また、この地には、明治42年(1909)に青山の氷川神社に合祀されるまで浅間神社があり、4月の祭典はとても賑わったと伝えられています。
平成5年3月25日
小川町
小川町教育委員会

かつてこの場所に浅間神社があったとは!
平場があるとはいえ、当時の状況を想像することは困難です。
百庚申と浅間神社の地図はこちら
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by ckk12850 | 2017-07-01 07:00 | 埼玉県その他【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助