斎藤氏館跡実盛塚

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城名:斎藤氏館跡実盛塚
別名:―
城主:斎藤実盛?
住所:埼玉県熊谷市妻沼
遺構:不明

妻沼の観光は、「道の駅めぬま」に立ち寄ってからがベストです。
頂いたパンフレット「めぬま 縦横無尽。」に所在地が掲載されています。
しかし、パンフレットを配布している方も実物を見たことがないという・・・

やっとのことで訪問。福川の堤防外側にありました。徒歩なら堤防沿いに歩けば発見が早そうです。
案内板が目印です。
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熊谷市指定文化財
一 種別 史跡
一 名称 斎藤氏館跡実盛塚
一 指定年月日 昭和52年9月13日
福川の河川改修等により形状が変わっているが古代長井庄の中心的な位置にあたり水堀の跡や出土品のほか、古くから「この辺、堀内という所は長井庄の首邑にて実盛の邸跡なり」との伝承や、長昌寺の椎樹にまつわる口碑その他史実などからして大正15年3月埼玉県指定史蹟「斎藤実盛館跡実盛塚」として指定されたが、何時の日か誤って「史蹟実盛碑」となったため昭和38年に県指定史蹟を解除された。
中央に残る板碑は、実盛の孫である長井馬入道実家が死去しその子某が建てた供養塔である。
熊谷市教育委員会
実盛館跡史跡保存会


史跡を示す石柱、そして板碑がありました。

案内板に記されていた水堀の跡は確認できませんでした。

参考までに「道の駅めぬま」で頂いたパンフレットは、実盛ゆかりの寺院、聖天山歓喜院、通称妻沼の聖天さまについて記されています。
聖天山は平家物語、保元物語、源平盛衰記や謡曲実盛、歌舞伎実盛物語などに、武勇に勝れた義理人情に厚い人柄が伝えられている。斎藤別当実盛公が、当地の庄司として、ご本尊聖天さまを治承3年(1179)にお祀りしたのに創まる。次いで実盛公の次男斎藤六実長(宗光ともいう)が出家して阿請房良応となり建久8年(1197)に本坊の歓喜院を開創した。

地図はこちら
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by ckk12850 | 2017-06-15 07:00 | 熊谷市【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助