熊井城(城添遺跡)

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城名:熊井城
別名:城添遺跡・内藤氏陣屋
城主:熊井太郎忠基?・内藤氏
住所:埼玉県比企郡鳩山町熊井・妙光寺付近?
遺構:段築?・平場?・土塁?

県道41号線(東松山越生線)沿いにあります。鳩山町の最も西寄りのところです。
1回目は、山の中で道に迷いました。確かな城跡は発見できず無念。おまけに溜池が水堀に見えるし・・・郭に到着と思ったらお墓だし・・・
推定地の西側と北側の両方から、細い道を登ったのですが・・・
やっぱり寺側(南側)から登るべきだった・・・

で、後日南側から再挑戦。寺の脇から登り口がいくつかありますが、登っても無駄でした。
山頂と思われる付近は残土の山でした。あれ~。
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不法投棄禁止の看板があちらこちらにあって。
寺の北西の山頂付近を調べた結果です。

埼玉県教育委員会発行「埼玉の館城跡」の151番目に紹介されています。山城で、7200坪の長方形の広さ、土塁が一部残存とありますが・・・
新編武蔵風土記稿の熊井村の項に「妙光寺のあたりをいい、城跡というが詳しいことは分からない」と記されているそうです。
妙光寺の寺伝では、熊井太郎忠基が居城し、源義経に仕え、壇ノ浦の合戦に参加したが、義経の奥州落ちを聞き奥州に向かったそうです。忠基の子孫は代々心入坊と称し、修験の身となったというが確かでないそうで。妙光寺は熊井氏の開祖であるとも。
これも義経伝説なのでしょうか・・・埼玉県内には、源義経に従ったという武士が予想以上に多いです。源頼朝に従ったというのは自然な話ですが・・・
資料がこれだけなので、諦めました。

遺構については、もう少し探してみようかと思っていた矢先、妙光寺付近の木々が伐採されました。
段築が出現です。
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墓地造成のためか不明で、写真は撮ったものの放置していました。

その後、ここが「遺跡」であるということを知り、再度訪問。
本堂前に石碑がありました。見落としていた可能性大。
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「真言宗智山派 熊井山 妙光寺
ご縁起
当山は鎌倉中期の文永元年(1264)に根来寺(和歌山)の大伝法院で真言密教を修めた名僧竺翁が、開かれたお寺であります。地方の有力な郷士熊井氏の強い懇願によるもので、一時は熊井氏をはじめとする地元の有力な氏族の菩提寺として、大いに繁栄しました。
平成10年には、当山は「城添遺跡」として、鳩山町教育委員会によって本格的な発掘調査が行われました。その結果、熊井城跡と称される館跡(年代は不明)と土塁の一部や、また江戸時代の領主であった内藤氏が延宝7年(1679)に築いた陣屋跡などが発見されました。
また遺物も百余基にわたる板碑(板石塔婆)や日本六古窯の一つ常滑焼き(愛知県知多半島)の蔵骨器など多数発見され、当時の繁栄ぶりを物語っています。
(以下略)
平成18年9月 住職 坂入弘恵」
と記されていました。

具体的にどこがどのような遺構か発掘調査結果資料を見ていないのですが、段築、平場、土塁のような遺構が多数あり、よく分かりませんでした(苦笑)
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鳩山町としては非常に珍しい城館遺構として認識しているようです。
どこがどのような遺構なのか、資料なしで想像するのも楽しいかもしれません。
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by ckk12850 | 2006-07-12 15:56 | 比企郡鳩山町【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助