金子十郎家忠館

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城名:金子十郎家忠館
別名:金子氏館
城主:金子氏
住所:埼玉県入間市木蓮寺874番地・瑞泉院
遺構:?

JR八高線金子駅から北西1kmにあります。
車の場合は青梅入間線(63号線)から。瑞泉院を目印にしてください。むしろ西東京コスモパーク霊園を目印にすると発見が早いかも。
丘陵斜面に墓地が見えますので迷うことはないと思います。

入口には「全國かねこ姓発生地 関東武士 金子十郎家忠公之墓所」、「曹洞宗 武州金子郷 金龍山木連寺瑞泉禅院」の石柱。
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城主である金子氏の起源ですが、武蔵七党の1つ、村山党の出自です。桓武平氏の高望王は坂東(関東地方)に下り、坂東八平氏の基礎が築かれます。高望王から6代目が村山頼任であり、東京都東村山付近に在住しました。その子、頼家の子息は入間郡内各地に分散し、その内の1人は、金子六郎家範と称し入間市木蓮寺に在住したそうです。

南向きの丘陵斜面に構えられたであろう館跡は墓地となっていますので、面影がありませんが、立地条件は満たしているものと思われます。
もちろん土塁や空堀の遺構は期待できませんが・・・
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何と金子氏の墓前で子孫の方にお会いしました。金子姓なので驚きました。実家が鶴ヶ島市三ツ木だそうです。金子十郎家忠以来の家系図を辿って来られたそうです。入間市西三ツ木と鶴ヶ島市三ツ木は密接な関係があるとのことです。つまり・・・金子氏は鶴ヶ島市三ツ木に移住して家系が絶えてなかったのですね。
しばし鎌倉武士談義を交わしましたが、城館にも詳しく話に花が咲きました。

さて、ここの遺構は何といっても「金子十郎家忠の墓」と「金子氏一族の宝篋印塔」(共に同じ場所)でしょう。
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それぞれ案内板が設置されています。
「金子十郎家忠一族位牌堂」も確認しておくと良いでしょう。
まずは金子十郎家忠の墓の案内板から。
金子十郎家忠の墓
家忠は保元の乱(1156年)や源頼朝の挙兵(1180年)などを中心に活躍した鎌倉初期の武将である。19才で保元の乱に出陣して敵の大将鎮西八郎の部下で鬼神といはれた高間三郎、四郎を討ち、その名を天下にひびかせた。
治承4年(1180年)の源頼朝の挙兵のときは畠山重忠とともに衣笠城を包囲して三浦大介義明を討破った。この戦で家忠は身体に21本の矢をうけたが、それにひるまず戦功を重ねた。また源義経に従って多くの戦巧をあげ、武蔵、伊豆、下総の地頭を歴任した。家忠が30才になった仁安3年(1168年)に社殿を造営して武運長久を祈ったが、これが白髭神社の始めだといわれている。
保延4年(1138年)に生れ建保4年(1214年)2月17日にこの世を去っている。
昭和43年3月
入間市教育委員会
木蓮寺長寿会

金子氏一族の宝篋印塔の案内板もあります。
金子氏一族の宝篋印塔 付位牌
市指定史跡
指定年月日 昭和47年10月20日
瑞泉院を開祖した金子十郎家忠は、武蔵七党の村山党に属し、保元の乱より壇ノ浦に至る源平合戦に加わり数々の戦功をたてた。
瑞泉院には6基の宝篋印塔と家忠の印号法名の記された位牌が残されている。この宝篋印塔は、造立年代、造立者、供養を受けた人など明確ではないが、家忠とその一族を偲んで造立されたと考えられる。
位牌は、銘文が上下2段に金泥で書かれている。上段中央に金子十郎家忠の印号法名、右に弟親範、三男高範、左に長男家広、嫡男家繁、下段には家忠の妹のほか高範を除く4人の夫人の法名が記されている。またそれぞれの名の右には没年と俗名と続柄が記されている。
この位牌の製作年代は不明であるが、形式からみて江戸時代のものと考えられる。
平成4年12月1日
入間市教育委員会 入間市文化財保護審議委員会

と記されています。

宝篋印塔下に「本堂建設予定地」の看板が立てられていました。
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本堂が完成しますと「金子十郎家忠の墓」と「金子氏一族の宝篋印塔」は、「瑞泉院本堂北西奥の山の中腹にあります」という表現になることでしょう。

ところで、この遺跡に金子氏の祖、金子六郎家範の名前が見当たりませんが、違う場所に館を構えていたのでしょうか・・・
と思って何気なく「埼玉の館城跡」を読みましたら、金子十郎家忠館跡推定地は、瑞泉院の南側約300mの一帯であろうとしているようです。
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金子氏と同じ村山党の城主(館主)が居住した山口城難波田城仙波氏館宮寺館大井氏館も参考にどうぞ。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2007-04-29 07:00 | 入間市【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助