羽尾城

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城名:羽尾城
別名:羽尾館・宮前城
城主:山崎若狭守・山田伊賀守?
住所:埼玉県比企郡滑川町羽尾5344番地
遺構:土塁・空堀

滑川村誌によれば、築城は元亀3年(1572年)とされています。山崎若狭守は普請奉行で、城主は当初山田伊賀守だったそうです。天正18年、豊臣秀吉の小田原攻めにより、徳川方の前田・上杉・真田連合軍が来攻、羽尾城は前田利家の軍に包囲され、激戦数十日、戦闘熾烈の攻防を繰り返しましたが、4月上旬散る桜と共に陥城したそうです。

羽尾城将が松山城に籠城した有様が、この城に伝えられたのでしょうか。
それとも激戦数十日に耐えられるよう、羽尾城の土塁を二重に普請したけれども・・・ということでしょうか。

羽尾城主と思われる山崎若狭守は松山城主上田安独斎?(上田朝直?)の家臣で、羽尾地区を開拓した羽尾七騎の筆頭だそうです。

城跡は、東武東上線森林公園駅の東を通る県道深谷東松山線(47号線)を森林公園に向かい、羽尾南交差点を通過。もう1つ先の交差点を右折します。右折後、400m右側に集会所(滑川町羽尾打越・金光地集会所)があります。
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この集会所の南、十数mの場所が城跡の北側です。私は集会所の裏手を直登しました(笑)
最も近道でしたが、周辺の未舗装の道を高台に向かって歩けば城跡です。

北側は二重の土塁と、未舗装の道も含まれると思われる二重の堀。後世、意図的に普請されたものでないとするならば、これだけはっきり二重の土塁が確認できる城跡は珍しいでしょう。
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西側も土塁と空堀があります。この近辺が城の西端のような雰囲気です。また、残存状況も良好です。
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南側は市野川に面した河岸段丘になっています。川の流れを巧みに利用しています。しかし・・・宅地分譲が始まっていました。数年後には、城の南側は消滅してしまうでしょう。
東側は畑です。畑の所有者の方から話を伺うことができました。
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「未舗装の道路沿いに土塁や空堀があるでしょう。そこが羽尾城跡ですよ。
藪の中は何もありませんよ。この畑も昔は城跡で、土塁や空堀があったんですよ。畑にして何も分からなくなっちゃったけどね・・・」
う~ん、城の東端は未舗装の道路に沿っていたのでしょうか。そうすると扇状地の台形のような郭の形の城だったのかな・・・

単郭に見えますが、実際は南に2つの腰郭を足して3つの郭から構成される城のようです。ちょっと見た感じでは分かりませんが。
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by ckk12850 | 2008-02-13 17:21 | 比企郡滑川町【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助