松代城

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城名:松代城
別名:海津城・待城・松城
城主:高坂昌信・森長可・村上景国・田丸直政・森忠政・真田信之・真田氏
住所:長野県長野市松代
遺構:復元太鼓門・復元北不明門・戌亥櫓台・石垣・堀

松代城は、かつて武田信玄が築城を命じ、山本勘助が縄張りを行い、甲州流築城法によって築かれたとされています。
今川義元が桶狭間の戦いによって討死、甲駿相の三国同盟が維持できなくなると悟った信玄は、相模(北条氏康)が駿河(今川氏真)の混乱に巻き込まれて西に気配りしている間、北から越後(上杉謙信)が関東に攻め込むと想定。その間、北信濃が手薄になり絶好の攻略機会と判断、一気に築城したともいいます。
小説「武田信玄」では、今川義元討死の3日後、築城準備を命じています。

個人的には海津城が好きですが、戦国時代の人気者、真田氏の城となったことが、現在の松代城の存在感を高めているのかもしれません。

平成10年頃、初めて訪問した際、発掘調査が行われていて、城跡よりも真田宝物館、真田邸(新御殿)、文武学校等が有名でした。
昭和56年、城跡と新御殿が国史跡に指定されたことを契機に、平成7年から整備事業が開始されたそうです。

ついでながら長野電鉄の線路により城へのアクセスが遮断され、今回も松代駅前を中心に20分以上道に迷いました(苦笑)

休日の暑い午後、観光客は自分を含めて3組。多いのか少ないのか・・・

武田信玄の命により川中島平全体を睨む重要な地点にあり、永禄4年(1561年)の第4回川中島の戦いでは、武田信玄がここを基地としています。
現在に見る遺構は田丸直政、森忠政が城主の頃、本格的な石垣等の普請がされたものと考えられています。

見どころは本丸に集中。
復元された太鼓門、太鼓門前橋。
海津城址碑。
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戌亥櫓台石垣。
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北不明門。
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戌亥櫓台石垣については、平成の大修復で欠落した小石の挿入程度で済んだそうです。

城とは間接的な関係ながら真田宝物館は見どころ・・・のはず。
前回は休館日に訪問、今回は家族全員が昼寝中ということもあり、次の機会の訪問となりそうです(苦笑)
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by ckk12850 | 2010-11-09 12:20 | 日本全国【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助