荒砥城

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城名:荒砥城
別名:新砥城・山田城・砥沢城
城主:山田氏・屋代氏
住所:長野県千曲市大字上山田(千曲市城山史跡公園)
遺構:復元館・復元兵舎・復元櫓等

荒砥城は戸倉上山田温泉街から眺められる復元城郭です。
千曲川に架かる万葉橋を渡って車で行けますが、勾配は18度。相当な急坂です。
駐車場から徒歩数分ですが、杖が貸し出されていました。もちろん使う訳がないし!
と意気込んでいたら、知らぬ間に娘が借りていました(苦笑)
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入城料は大人300円。中学生以下は無料。

受付でもらえるパンフレットは要確認。
四の郭、三の郭はスルーしてしまう可能性があります。

二の郭は兵舎、櫓が復元。兵舎は映像室と展示室になっていますので、ここで休憩。
本郭は館、兵舎が復元。
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見どころは二の郭の見張台だった櫓かな・・・
櫓からの展望は最高。
戸倉上山田温泉が手に取るように見えます。
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また、夜はライトアップされているので、温泉街から城を見ることができます。

城の歴史は戦国時代の戦乱の中、何が何だか理解できなくなってきます(苦笑)

パンフレットより・・・
「荒砥城は今から約400年前に、この地を治めていた村上氏の一族である山田氏によって築かれた城で(略)
荒砥城と千曲川をはさんだ対岸の山頂に築かれた葛尾城の城主村上義清は、上田原の戦い(1548年)や戸石城の戦い(1550年)では武田信玄との戦に勝ち、領地をまもってきましたが、武田軍の圧倒的な軍勢の前に、1553年、ついに葛尾城は落城し、荒砥城もこの戦いで城主を失い、山田氏は滅亡してしまいます。
その後、川中島の戦い(1553年~1564年)を経て荒砥城は上杉氏の治める城となりましたが、海津城の副将であった屋代秀正は上杉方に背き、海津城を出て荒砥城に籠ります。
1584年、上杉軍に攻められた荒砥城は落城して廃城となり、城としての役割を終えます。」
と記されています。

1584年以降、屋代秀正は徳川家の重臣となり、北信濃一帯は上杉景勝の領地となったそうです。
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by ckk12850 | 2010-11-17 13:50 | 日本全国【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助