豊泉氏屋敷

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城名:豊泉氏屋敷
別名:―
城主:豊泉氏
住所:埼玉県入間市中神681番地・豊泉寺
遺構:?

普通の寺ではないと判断、城館に昇格させました。

金子十郎家忠館と立地条件が酷似しています。
その答えは案内板にありました。瑞泉寺住職が開山だったのです。

本堂の左手奥に案内板があります。
豊泉寺
曹洞宗(禅宗)の寺院で、松龍山豊泉寺と称し、(略)
創建は、戦国時代、天文元年(1532年)と伝えられ、大字木蓮寺瑞泉寺の四代目、本室徳源禅師を開山とし、開基は小田原北条氏の家臣豊泉左近将監である。豊泉左近将監は北条氏の命によって金子郷の領主となり、関東争乱の際に戦場の露と消えさった父母を悼むとともに、将兵の戦没を深く非嘆し、ここにその冥福を祈るため、この寺を建てたといわれる。
また、松龍山のいわれは、境内裏一帯が、樹齢数百年の古松で龍のような形をしているため、その名を松龍山と唱え、寺名を豊泉寺と称したと伝えられている。
しかし、寛保、延享の時代に火災にあい、一切の古文書をはじめ、貴重な文化財も全部灰燼に帰し、史跡として今何も伝えられていない。(中略)
入間市

と記されています。

豊泉左近将監は、間違いなくこの付近に屋敷を構えていたものと思われます。

入間郡誌では、
東沢と称する場所にある。開基は豊泉左近将監、左近の先祖は小田原北条氏の家臣で、後に浪人となったが、この地を開き、この寺を建立した。
寺は山に挟まれ渓間の要害にあり、寺域は広く富裕であったが、火災に遭ったため、一本堂及一庫裡が残るだけとなった。豊泉氏が今も住んでいる(要約)
と記されています。

武家屋敷を彷彿させる門もありましたが、これは江戸期以降の建築でしょう。
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入間市指定名勝、豊泉寺の庭園が本堂裏にあります。
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禅宗式庭園ですが、これは明治時代に造られたそうです。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2012-06-01 06:00 | 入間市【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助