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愛宕神社(入間市)

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名称:愛宕神社
住所:埼玉県入間市豊岡3丁目7番地32

普通はスルーしてしまう神社かもしれませんが・・・

何と新田義貞の子、義興の首塚があるというので訪問。
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拝殿右に石碑があり「南朝忠臣新田義興公首塚の松」と刻まれた石碑があります。
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「新田義興公首塚並びに首塚の松御由緒」と記された案内板も併設されています。
愛宕神社の御祭神の一柱・南朝の忠臣である新田義興公は、新田義貞の子で、父の亡き後、正平7年宗良親王を奉じて新田一族と共に鎌倉の足利軍を攻めて鎌倉を一時占拠している。
その後も義興公は足利軍の討伐を度々試みたが果たせず、正平13年10月10日、多摩川下流の矢口の渡しで、足利幕府の者により、義興公に従った13人の勇士と共に謀殺された。
その後、主従の首は、入間川(狭山市)の足利基氏の陣で首実験された後、主は愛宕の社前に葬られ「首塚」となり御祭神になられた。その際、「首塚」の目印に松・杉2本の枝を挿したと云う。
その松が根づき大きく育ちそびえていたが伊勢湾台風で枯死する。現在の松は2代目で、隣接の古株が初代「首塚の松」である。
義興公の胴体は、大田区の矢口の渡し近くの新田神社「胴塚」に埋められています。従者は神社周辺に埋められ、十三士の塚が散在したが、都市化の波で貴重な塚が消え風化を憂慮して「十三塚」をこの地に移設した。(この物語は古典太平記に掲載されている)
「十三塚」は、拝殿の前、向かって左側にあります。

と記されています。

古株も見ておくと良いでしょう。
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「初代首塚の松の保存について」と記された案内板があり、大切に保存されています。

十三塚も必見。
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「新田義興公 従者十三士の塚 十三塚」と刻まれた石碑と案内板があります。

入間市景観50選になっていますので、一度は立ち寄る価値あり!
地図はこちら
by ckk12850 | 2012-08-01 06:00 | 神社仏閣【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助