法照禅師月船琛海塔所並びに普光庵跡(世良田東照宮境内)

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名称:法照禅師月船琛海塔所並びに普光庵跡(世良田東照宮境内)
住所:群馬県太田市世良田町3119-1

少し見ただけでは重要性が理解できません。
案内板を読んでも難しいです。しかし、長い間不明だった場所が特定できたことがポイントでもあるようで。
県指定史跡です。

案内板があります。
国指定史跡
新田荘遺跡
東照宮境内
法照禅師月船琛海塔所並びに普光庵跡
所在地 太田市世良田町3119-1
法照禅師は、名を深海、字を月船といった。弘安5年(1282)幕府の命により、長楽寺第5世住職となり、以来25年間仏法興隆につくし、鏡堂大円(長楽寺6世)、牧翁了一(ぼくおうりょういち・同10世)をはじめ多くの高僧を世におくった。
月船は、徳治2年(1307)に京都の東福寺第8世となり、翌延慶元年(1308)同寺で没し、法照禅師と朝廷より諡(おくりな)を賜った。
遺骨は、東福寺と長楽寺に分葬されたが、当寺ではその塔所(墓所)は、久しく不明であった。昭和12年9月、境内の大杉の根を掘ったところ、偶然石櫃が発見され、その縁に「月船」、蓋石の裏に「月船和尚」と刻まれており、石櫃の中には骨壺 (骨蔵器)が納められていたので、ここが法照禅師の塔所であることがわかった。
なお、石櫃の西側に6個の骨蔵器が埋葬されていた。これらは弟子の遺骨で、いわゆる禅宗僧侶の埋葬形式である「普同塔」(共同埋葬)といわれるものであり、従来文献にのみ見えていたものを実証した数少ない貴重な遺跡である。

普光庵は、法照禅師の高弟で、長楽寺第10世牧翁了一が、師法照禅師のために建てた塔頭(たっちゅう・弟子が師の徳をしたって塔の頭に建てた庵)である。長楽寺中において密教道場として大いに栄えたが、その後その所在も不明になっていたものである。
しかし、法照禅師の骨蔵器の発見により、近くから当時の礎石も見つかり、普光庵跡も確認され、現在も保存されている。
平成14年9月
文化庁
群馬県教育委員会
太田市教育委員会

約6万坪の境内に塔頭寺院が軒を並べ、多くの学僧が兼学修行に励んだといわれている長楽寺の繁栄ぶりが垣間見える遺跡でした。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2017-10-20 07:00 | 全国その他【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助