小峰城

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城名:小峰城
別名:白河城
城主:結城氏・蒲生氏郷、秀行・上杉景勝・丹羽長重、光重・榊原忠次・本多氏・奥平松平氏・結城松平氏・久松松平氏・阿部氏
住所:福島県白河市郭内
遺構:復元三重櫓・復元前御門・石垣・土塁・堀

日本100名城です。
奥州の入口として、重要視された重要な城です。

文治5年(1189)、結城朝光が奥州藤原氏攻めの功により白河の地を与えられました。
13世紀後半、結城祐広が白河結城氏の祖となり、搦目山に白川城を築きました。
その後、結城親朝が14世紀中頃、小峰ヶ岡に城を構えたことが小峰城の始まりとされています。
以来、約400年間、結城氏の城でしたが、小田原参陣が遅れ領地は没収され、白河結城氏は、伊達、佐竹等の家臣となります。
その後、豊臣秀吉から会津92万石を与えられた蒲生氏郷が城主となります。
一時期、上杉景勝の城となりますが、関ヶ原の戦いの後、再び会津の地を領した蒲生氏郷の子、秀行が城主となります。秀行の子、忠郷は嗣子なく領地没収、白河は会津から独立しました。
現在の城は、寛永4年(1627)に棚倉から移封された初代白河藩主の丹羽長重が改修し、石垣を多用した平山城として完成しました。

前回の訪問は1995年。
復元されたばかりの三重櫓は、真新しい木の香りがしました。
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震災後、復元前御門は閉鎖され、桜御門跡の石垣が本丸の入口になっていました。
清水門跡は以前のままですが、周辺は石垣の積み直し工事が行われていました。
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さて、清水門跡を通過。
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桜御門跡を通過。
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本丸へ。
思ったより広い本丸です。

平成3年に白河城御櫓絵図等を参考に復元された三重櫓は、本丸の北東にある三層三階の櫓です。
白河の戊辰戦争激戦地となった松並稲荷山の杉を復元用材として利用され、弾痕を残して加工したため、床板等に見ることができます。
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平成6年に復元された前御門は、本丸の正門で櫓門形式です。三重櫓から前御門、多門櫓、桜之門と連続する構えとなっています。

気になるのは白河市愛宕町にある関川寺の存在で、関川寺館と称し、中世城館跡とされています。
寺の西側から北西部分に中世の土塁と空堀が現存しています。
始まりは鎌倉時代後期の白河結城氏の居城であった可能性が高く、残存する土塁が際立って高いことから、戦国時代の16世紀後半頃にも使用された可能性が考えられるそうです。
ここは、家に帰ってから「白河街歩きマップ」で存在を知った次第で。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2018-02-01 07:00 | 日本全国【城跡】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助