十二所神社境内

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名称:十二所神社境内
住所:群馬県太田市別所町599他

国指定史跡、新田荘遺跡のうち2か所となります。

山門前には太田市教育委員会が設置した案内板があります。
新田荘遺跡の円福寺境内、十二所神社境内について記されています。
新田荘遺跡の部分だけ抜粋。

新田荘遺跡
平安時代末期の十二世紀中頃、源義国の子、新田義重(新田氏初代)は、現在の新田郡のほぼ全域と太田市の南西部を開発して荘園とし、ここに「新田荘」が成立しました。新田荘は、日本の中世史を代表する荘園の一つで、ここを中心に新田一族が活躍を繰り広げました。
史跡「新田荘遺跡」は新田荘に深いかかわりのある十一の遺跡から成っており、これらは太田市と新田郡尾島町・新田町の一市二町に広く分布しています。(以下略)

境内にも案内板があります。
円福寺・十二所神社とその周辺の文化財として、円福寺一山絵図、円福寺茶臼山古墳、山門の扁額、由良郷、台源氏館跡、由良城跡について記されています。

円福寺は、新田本宗家4代の新田政義が開基したと伝えられています。
伝新田氏累代の墓もあり、新田義貞の祖父、基氏の墓が確認されています。
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また、本堂には新田氏第4代~7代、政義、政氏、基氏、朝氏の位牌が安置されています。

十二所神社は、5世紀前半頃の茶臼山古墳の後円部墳頂近くにあります。太田市内では天神山古墳に次いで第2位、群馬県内でも第3位の規模を誇っているとのことです。
後円部の頂部は国良親王御陵の石柱が建っています。
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国良親王は、後醍醐天皇の皇子である宗良親王と、新田義貞と勾当内侍の子である山吹姫の間に生まれた皇子だそうです。
案内板やガイドブックに記載されていないのが残念です。
なお、16体の神像が安置されているそうですが、見ることはできません。

前方部には円福寺の石幢があります。
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念のためお見逃しないよう。
地図はこちら
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by ckk12850 | 2018-11-15 07:00 | 神社仏閣【歴史観光】

主に埼玉県【入間郡&比企郡】の城館跡探訪記です♪


by 左馬助